a person powered by ototoy blog

RSS

カレンダー

2024/4
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
2024/5
   1234
567891011

月別アーカイヴ

カテゴリー

    Blogを公開している友人

    公開所属グループ

      記事リスト 3ページ目

      腹痛多発,腹巻復活

      梅雨明けのようなのだけれど,この季節はわたしには要注意の季節.子供の頃から身体の温度調節機能が弱いのか,すぐに身体が冷える.

      身軽な格好で歩いていて足が冷えると即差し込むようにお腹が痛くなり,這いつくばるように家に入ってトイレ直行ということもしばしば.そんな時のお腹からはソナーで聞くような鯨の会話のような音が鳴り響く.ビールあたりが一番悪いので,数年前にビールを飲むことはやめてしまった.福岡さんではないけれど風呂上がりの”プハーッ”は私にとっても過去のもの.

      お腹に予兆のように違和感があり,何となく変だなと感じるときは外で食べずに帰宅してゆっくりと汗をかきかき食事を作ることにしている.

      昨日も駅近くのスーパーで夏野菜を購入し,野菜カレーを作って食べた.それでもこの季節に大量購入している違う泡もの=発泡ワイン系で美味しく頂きました.

      子供の頃お袋が木綿の腹巻きを造ってくれたけれど最近また復活した.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年7月19日 11時53分 | 更新日: 2005年7月19日 11時53分
      | 固定リンク |

      イサムノグチ

      一昨日我が家に登場.

      ちょっと小さめ.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年7月15日 3時45分 | 更新日: 2005年7月15日 3時45分
      | 固定リンク |

      モバ放と馬肉のグリル

      昨晩某巨大電話会社系システム会社の友人と祐天寺で夕食.10年前に一緒のチームで仕事をして以来時々ご飯を食べている.ご飯を食べる好奇心のフットワークは軽く,時には東南アジアまでB級グルメの旅をやったことも.

      昨日は駒場での研修で西側にきたということで久しぶりに一緒にお食事.

      この3月末まで某銀行との合弁会社出向で結構精神的に傷ついている様子.今は内部監査をやっている.サラリーマンというのは歳をとるにしたがって素直に生きるのが段々難しくなるものなのだけれど.

      美味しいご飯を食べたら元気になるというお気楽な考えに同調してくれてのお食事.

      その彼が会社から災害等突発事故の際の情報取得のためにもたされているといって見せてくれたのが,「モバ放端末」.

      http://www.mobaho.com/terminal/mtvs10.html

      これもっている人,モバ放関係者以外で初めて見ました.携帯DVD再生機状のちょうっと大きめの造り.

      巨大会社はこういうのを管理職にもたせてるんだと感心するものの災害時に再生するとして充電手段はどう確保するんだろう.韓国のTU_Mdeiaのマシンで連続再生時間がせいぜい4時間ということからすると相当に劣るようです.このちょっと大ぶりのマシンはスペック表ではせいぜい2時間ほどということから,災害向きではないような気がしますが,間に合うのでしょうか.それにモバ放のMBSatは静止衛星なので,南面に夾雑物があるとみえなくなるものなのだけれど.

      とはいえモバ放もドコモあたりと提携端末を漸く出すらしく,漸く商売の匂いが漂い始めました.

      韓流ブームも一服ではあるものの最近は韓国と一緒に何かやることがこのモバ放も含めて意外に多い.

      以前の大学関係の仕事でも研究に注目して最初に細かい条件なしで大きな資金を提供してくれたのも韓国の研究開発・投資会社でした.

      彼のおかれた状況は別にして本社スタッフに戻ったので,時間的余裕が出てきたはずで,食べ物の旅の同行者が戻ってきたのは嬉しいもの.

      ところで彼が注文した馬肉のグリルが大変美味しそうでした.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年7月14日 3時4分 | 更新日: 2005年7月14日 3時31分
      | 固定リンク |

      レンズ豆の煮物

      昨晩,自転車で家に帰る道すがら山手通り沿いのイタメシ屋でレンズ豆の煮物を夕食に頂いた.

      一口食べてあまりの熱さに吐きだしそうになりながらも,我慢して食べ,二口目を頂こうとしたら口の中がおかしい.

      上口蓋の歯に近いところに水ぶくれが出来ているよう.

      やけどの時は冷やせとばかり,ワインを頂くと皮がべろっとむけて,食事どころではなくなった.

      今朝もお茶を飲むとしみる.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年7月13日 15時10分 | 更新日: 2005年7月13日 15時10分
      | 固定リンク |

      FOMA

      最近は物欲全開.先週のソウル行きあたりから小さなマシンが欲しくなり,先週末の箱根温泉ツアーの帰りにヨドバシで発売直後のFOMA M1000を衝動的に買ってしまった.

      いつの頃からか電話通信はほとんどPHSになってしまっているので,サブマシンとして昔からのお客が時折かけてくる程度のサブマシンとなったDoCoMoはP501あたりからP2102Vを経てimodeはほとんど使わずじまいで終わってしまった.

      今回のM1000はGSM地域での3G WCDMAが前提のマシンなので設定は結構難しい.

      例えば無線LANの設定自体オープンアクセスか否か,802.1Xか否かの設定を対話形式でさせるし,USIMは以前と同じなのだけれど,最初に立ち上げるときのPINナンバーの設定でも4桁と限定されていて立ち上げ時のキーインが異なりすっかり面食らってしまい慌ててドコモショップに駆け込んで再設定してもらった。

      こんな不便はあるもののimode電話に違和感のあった私には使いやすい.メールはPCと同じような設定であるのはありがたい.

      また,電話通信の設定画面で”ネットワーク”をタップすると”JP DoCoMo 440-10”とともに"Vodafone JP440-20"は検出されるのはGSM電話では普通だけれども日本ではちょっと珍しく楽しいかも.

      これで,LinuZauは4GB HDD付きLinux練習マシンと化してしまい,PDA的なソフトは一切棄ててしまうことに.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年7月4日 20時57分 | 更新日: 2005年7月4日 21時6分
      | 固定リンク |

      羽田からソウル2

      ソウルでの無線LAN

      ソウルでLinuZauで無線LANを使ってみた.

      ソウルでのPDAは携帯電話で使用される”スマートフォン”対応ものがほとんどで,PocketPC系のため対応OSがWindowsCEばかりのようで,最大の無線LAN事業者のKTのNESPOTもそればかりでLinuxはほとんどだめのよう.

      というのも,NESPOTはWEPによる設定ではなく,専用画面をダウンロードするタイプであるためで,NESPOTのダウンロード画面にはそれ以外の設定はほとんどなかった.提携しているNTT.COMでも対応OSをWindowsに限定している.天の邪鬼はここでも埒外といったところ.

      http://sync.nespot.com:8080/kt/program/con_list.jsp

      でもこのサイトを利用するとソウル中はほとんど網羅している感じで,14,000箇所程度はあるようです.

      ミョンドンのファッションビルでだめかなと思って試してみたら,どこかの事務所の無線LANステイションには入れました.

      ちなみに貼った写真はTUmediaのDMB(Digital_Multimedia_Broadcasting)対応の携帯電話.コーデックはH.264とのこと.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年6月29日 16時9分 | 更新日: 2005年6月29日 16時9分
      | 固定リンク |

      羽田からソウル1

      何年ぶりかでソウルに行った.

      泊まったのはWソウルというスターウッド系の新しめのホテル.こういうホテルは彼女と一緒がいいのだろうけど今回はちょっと衛星おたくのヤツのボスということでとまる.

      目的はTU_Mediaという携帯電話機で衛星からテレビを受信させるというメディア会社の方にインタビューとスカイ系の衛星放送会社の放送センター訪問.ということで日本の衛星系の会社の名刺で訪問.

      TU_MediaはSKテレコム系の会社で日本のモバイル放送と一緒に衛星を打ち上げた会社.現在のサブスクライバーは約7万人でしかないものの,今年末までに70万人の視聴者獲得を目指し,現在で1日1,500人くらいの視聴者が増加中とのこと.

      地上波の地方展開に関しては懐疑的で,その意見は結構面白い.ケーブルによる受信形態が一般的となってきた現在の状況では地方の放送局がインフラも提供し視聴者がアンテナから直接受信するというのはコストを考えれば時代遅れになってきているのかもしれない.

      http://www.tu4u.com/main.jsp

      http://www.starwoodhotels.com/whotels/search/hotel_detail.html?propertyID=1451

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年6月29日 12時26分 | 更新日: 2005年6月29日 12時28分
      | 固定リンク |

      LinaZauで日記を書く

      PDAで日記を書いて見る.

      うまく見えるかしら.

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年6月17日 14時45分 | 更新日: 2005年6月17日 14時45分
      | 固定リンク |

      私の先生

      昨晩大学時代の友人から,私の大学時代の恩師の訃報が届いた.

      高校を卒業し大学に行く頃,何をどうやったらいいのか分からずいろいろ道草を食った.大学では実社会に役立つ学問とは縁遠いところに行こうと数学,哲学の世界に.

      そんな私を面倒がらず,議論の相手になってくれた先生だった.

      合わなかったら辞めればいいと思って入った大学で,一番小さな,そして不人気の研究室がその先生の研究室で私の居場所となった.

      毎週週末の午後から夜中までの時間をその研究室でチャールズ・サンダース・パースという当時も今も人気のない「プラグマティズム」の思想家の本を輪読し,議論した.「アメリカに哲学者がいるの」という根源的な驚きとともに.

      もっともパース自身は独自の科学哲学者として第三の論理”アブダクション”の提唱者ということで最近は技術経営の世界にも出てきたりもし,また当時記号論の先駆者として竹中さんの日記にでている「前日の島」の作者ウンベルト・エーコなどが結構高く評価していたりするのだけれど.

      卒業する頃,年を食って進路が定まらなかった私に「就職先がなければ大学院に来い.そしてルポライター修業でもしろ.ただし,お前みたいなヤツは間違っても絶対に学者には向かないからな.」と訳の分からない勧誘をしてくれた.それを振り切って一番縁遠かった証券会社に入った.数年後はじめて結婚するときには仲人をお願いしたりした.その結婚はうまくいかず「お前は本来ソバージュなんだ.家庭に過剰適応しようとしたのが間違いだ」などと分析してくれたりしたものの,家を出て以来その先生とも疎遠になった.

      先生は学生時代の1968年頃カリフォルニアのバークレイに行ってたらしく,学生運動によるロックアウトで授業がない頃ボブディランのライブを聴きにカリフォルニアを車で走り回ったといって,飲み会ではよく彼の歌を歌ってた.そういう点でボブディラン世代であった先生.

      卒業後証券会社に入り,株式の公開などをやりながら株式公開するレベルの会社を通じて,その時代の営みを観察し,ロジックを組み立ててきたような気がする.経済学や会計の知識が全くないことから上司からぼろくそにたたかれながら会社を素直に見ることに集中し,やがて会計的な表現様式である財務諸表からその会社の経営のロジックを判断する術を身につけたのだけれど,その訓練は先生との議論でなされたのかもしれない.

      常に前向きに,時に頑固に行動するという行動指針とともに.

      先生の指導の下ではなく,ソバージュとして仕事を通して時代を見る人という意味で「ルポライター」の修行をしていたのかもしれない.

      浅輪先生,ありがとう.ご冥福を!!

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年6月10日 10時6分 | 更新日: 2005年6月10日 12時53分
      | 固定リンク |

      私のシエラザード

      テレビのスイッチの部分が壊れてしまったので,近くの電気屋に行き20インチの液晶テレビを購入した.これが80,000円位で購入できるとはね.時代は変わったもの.

      このテレビを買った記念にメリル・ストリープ,ロバート・レッドフォードの「愛と悲しみの果て」(Out of Africa)というDVDを借りた.

      原作者のアイザック(イサク)・ディネッセンとの何年ぶりかの邂逅を楽しんだ.

      この映画で彼女は本名のカレン・ブリクセン男爵夫人として登場する.

      学生の頃出版された彼女の作品の日本語訳「ノルダーナイの大洪水」という物語が彼女の作品との最初の出会いで,それ以来非常に気になる女性作家だ.といってもその当時ですら彼女が作家として名声とはうらはらに日本語訳はほとんどなかった時代です.

      この映画が日本で上演された頃は「ディネッセンの映画が来るんだ」とは思ったものの観に行くことはなかった.

      それをテレビが壊れ,代わりに買った液晶テレビで初めて見ることに.彼女のその後の物語作家(決して小説家ではなく)としての姿がロバートレッドフォード扮するデニスとコールに語るシーンに表れている.

      ラジオもテレビもない時代,ストーリーテリング(物語る)というのは一つの大きな技芸だったことがよく分かるシーンでもある.

      DVDのボーナスプログラムで出てくる彼女の写真を見ると非常にシンの強そうな顔立ちをしている.恋人のデニスの写真もたいそうないい男である.こういう顔立ちの人に会ってみたいものですね.

      サファリでのたき火の傍での彼女をみると20世紀最大の物語作者といわれるのもよく分かる.まさにシェラザードが彼女かも.

      http://www.members.aol.com/sachiekhp/karen.htm

      http://www.dodoworld.com/2/2_3_1_1.html

      http://www.karen-blixen.dk/default.html

      Posted By yooorky | 投稿日: 2005年6月3日 12時26分 | 更新日: 2005年6月3日 12時33分
      | 固定リンク |