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  <title>Drifting my folklore / OORUTAICHI</title>
  <link>http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_65166</link>
  <description>Drifting my folklore / OORUTAICHI - text by Jinichiro Iida
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/them/index.php/ARTIST/22699/]]

年もあけて早々にOORUTAICHIのイベントを見に行った。場所は、池袋の鈴ん小屋。

Breath Mark
YOSSY LITTLE NOISE WEAVER
浅野達彦
OORUTAICHI

こんな組み合わせ。

illreme、Limited Express (has gone?)、OORUTAICHIって言う順番でCDデビューしたのは、もう何年も前の事。
別にそんなに音が似てたわけじゃないけれど、良く一緒にやったよなぁ。

昨年はウリチパン郡ですっげーアルバム『ジャイアント・クラブ』を発表したOORUTAICHI。ウリチパン郡のライブは見に行く機会が多かったけれど、ソロは4年ぶりくらい。機材はいっぱい変わったのに、基本は何も変わっていない相変わらずのヨレヨレ・スタイル。
見るたびに思い出すのは、このジャケット(笑)
http://images-eu.amazon.com/images/P/B00004WUDF.02.LZZZZZZZ.jpg
トラックを流しながらマイク片手に腰をくねくね。テンションも最高潮になると、しこをドシドシ。

ブラジル？　アフロ？　ジャズ？
ってわけじゃないんだろう。
ジャンルなんてモノは、彼に限っては要素ってわけでもなく、「細胞」ってくらいミニマムなもの。
オールタイチ共和国から吐き出される言語を聴いていると、音楽は祝祭のためにあるって事を痛感させられる。
「どうせ、不景気。気楽に行こうぜ」的な姿勢は、現代に舞い降りた高田渡先生なのかもって思ったり。

久しぶりに見て思い出した！そうだ。俺は彼の大ファンだった。
大阪ゼロ世代と言う奇妙なジャンルがブレイクする少し前、大阪からはOORUTAICHI、illreme、yabemilk、佐伯誠之助等のピンで活躍する素晴らしくて、でもちょっとおかしなアーティストがたくさん放出されて、わくわくしながら見に行ったのだ。
彼らが、尽きない探究心を持って作品を吐き出している現状は、同世代としてかなり興奮してる。

負けてられないなぁ〜。

OORUTAICHIは、DJシャブシャブとのオバケジャー、ヒューマン・ビート・ボクサー・ガルペプシとのガールペイチ等も、お勧め。</description>
  <dc:date>2009-02-22T12:11:30+09:00</dc:date>
  <content:encoded>Drifting my folklore / OORUTAICHI - text by Jinichiro Iida
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/them/index.php/ARTIST/22699/]]

年もあけて早々にOORUTAICHIのイベントを見に行った。場所は、池袋の鈴ん小屋。

Breath Mark
YOSSY LITTLE NOISE WEAVER
浅野達彦
OORUTAICHI

こんな組み合わせ。

illreme、Limited Express (has gone?)、OORUTAICHIって言う順番でCDデビューしたのは、もう何年も前の事。
別にそんなに音が似てたわけじゃないけれど、良く一緒にやったよなぁ。

昨年はウリチパン郡ですっげーアルバム『ジャイアント・クラブ』を発表したOORUTAICHI。ウリチパン郡のライブは見に行く機会が多かったけれど、ソロは4年ぶりくらい。機材はいっぱい変わったのに、基本は何も変わっていない相変わらずのヨレヨレ・スタイル。
見るたびに思い出すのは、このジャケット(笑)
http://images-eu.amazon.com/images/P/B00004WUDF.02.LZZZZZZZ.jpg
トラックを流しながらマイク片手に腰をくねくね。テンションも最高潮になると、しこをドシドシ。

ブラジル？　アフロ？　ジャズ？
ってわけじゃないんだろう。
ジャンルなんてモノは、彼に限っては要素ってわけでもなく、「細胞」ってくらいミニマムなもの。
オールタイチ共和国から吐き出される言語を聴いていると、音楽は祝祭のためにあるって事を痛感させられる。
「どうせ、不景気。気楽に行こうぜ」的な姿勢は、現代に舞い降りた高田渡先生なのかもって思ったり。

久しぶりに見て思い出した！そうだ。俺は彼の大ファンだった。
大阪ゼロ世代と言う奇妙なジャンルがブレイクする少し前、大阪からはOORUTAICHI、illreme、yabemilk、佐伯誠之助等のピンで活躍する素晴らしくて、でもちょっとおかしなアーティストがたくさん放出されて、わくわくしながら見に行ったのだ。
彼らが、尽きない探究心を持って作品を吐き出している現状は、同世代としてかなり興奮してる。

負けてられないなぁ〜。

OORUTAICHIは、DJシャブシャブとのオバケジャー、ヒューマン・ビート・ボクサー・ガルペプシとのガールペイチ等も、お勧め。</content:encoded>
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<item rdf:about="http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64924">
  <title>CREAM4U -MOVE YOUR BODY- / MOTH</title>
  <link>http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64924</link>
  <description>'''MOTH / CREAM4U-MOVE YOUR BODY - text by Jinichiro Iida'''
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/8066]]
福岡のラーメン好きの友人ミュージシャンが電話してきた。
友人「元祖長浜ラーメン本店がしまるっちゃ！」
俺「まだ別店があるからええやん」
友人「あかんねん。微妙な違いがあんねん」
俺「.....おっ.....おう！ 」

「ベタナマ！」と言えば、豚のアバラやゲンコツを半日以上煮込んだ豚骨スープ（予想外にあっさり！）に、お湯に通しただけの相性抜群の麺が浸かったものが、ものの２分で出てくる。テーブルの上にそえてあるごまと紅ショウガをたっぷりいれ、むさぼり食う。替え玉のためにスープはすすらない。「替え玉！」と言えば、相性抜群の麺が「さも用意してました」とばかりにあっという間に出てくる。それをまたもやむさぼり食う。先ほどよりも、ほのかに口の中に甘さが広がる。お客は全く途切れないので、食べ終わったらすぐ退出する。
知っていたラーメンのスタイルとはあまりにも違っていたので、初めて食べた時は２度と食べないと拒否反応を示したけれど、その１時間後「明日の飛行機の出発前にもう一度食べよう」と誓ったんだ。それ以降、九州遠征の度に訪れるようになり、元祖長浜ラーメンを食べる事は大きな楽しみの一つとなった。そんなわけで、本店閉店のニュースには、本土の僕にも少なからずの衝撃を与えたし、彼のつらさは痛い程わかるから、返す言葉がなかったのだ。

この思い出深い元祖長浜ラーメンに連れていってくれたのが、MOTHと言うアーティスト。彼は、ラーメンと音楽をこよなく愛し、今も福岡で活動している。彼の創るへんてこなダンス・ミュージックこそ、カクバリズムやセカンドロイヤル等が盛り上がる今こそ紹介したい１枚なのだ。

MOTH / CREAM4U-MOVE YOUR BODY-

ローファイ！ オルタナ！ ジャンク！ ビック・ビート！
BECKよりも踊れて、ジャド・フェアよりもひねくれてて、セバドー並に美しい。90年代オルタナティブをこよなく愛し、決してシリアスになりすぎず、ファニーなタテノリで突き進む。黒いベースラインのアルバム冒頭から、TODD RUNDGREN「BELIEVE IN ME」使いでとことん泣かせるメロウ・バラッドまで、センスと愛に溢れています。ライブでは、ほぼ全裸でロング・ヘアを振り回し、ヘッド・バッキング&amp;amp;大暴れ！ だいたいのライブでは、お客も巻き込んだ熱狂のモッシュ大会(たまにはずすけど)。福岡のグッド・リスナーは、みんな彼のライブを心待ちにしているんです。ピース！ レーベルは、盟友folk enough井上周一主催のe.g.recordsから。
ナンバー・ガールやモーサム・トーン・ベンダー、スパルタ・ローカルズ等、東京に出た福岡のバンドはとっても有名ですが、
当然の如く、福岡に留まって暴れ回るアーティストの方が、豚骨の染み付きは濃厚で、しかもまだまだ現在進行形！福岡カルチャーの中心地、天神にある５階建てのライブハウス、デカタン・デラックスから吐き出されるサウンドは、いつも個性的な福岡でしか生まれない音を届けてくれるんです。

MOTHは、昨年遂にラーメン屋を営みだした。まだ食べてないけれど、相当旨いらしい。又一つ福岡に行く楽しみができた。</description>
  <dc:date>2009-01-13T18:49:19+09:00</dc:date>
  <content:encoded>'''MOTH / CREAM4U-MOVE YOUR BODY - text by Jinichiro Iida'''
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/8066]]
福岡のラーメン好きの友人ミュージシャンが電話してきた。
友人「元祖長浜ラーメン本店がしまるっちゃ！」
俺「まだ別店があるからええやん」
友人「あかんねん。微妙な違いがあんねん」
俺「.....おっ.....おう！ 」

「ベタナマ！」と言えば、豚のアバラやゲンコツを半日以上煮込んだ豚骨スープ（予想外にあっさり！）に、お湯に通しただけの相性抜群の麺が浸かったものが、ものの２分で出てくる。テーブルの上にそえてあるごまと紅ショウガをたっぷりいれ、むさぼり食う。替え玉のためにスープはすすらない。「替え玉！」と言えば、相性抜群の麺が「さも用意してました」とばかりにあっという間に出てくる。それをまたもやむさぼり食う。先ほどよりも、ほのかに口の中に甘さが広がる。お客は全く途切れないので、食べ終わったらすぐ退出する。
知っていたラーメンのスタイルとはあまりにも違っていたので、初めて食べた時は２度と食べないと拒否反応を示したけれど、その１時間後「明日の飛行機の出発前にもう一度食べよう」と誓ったんだ。それ以降、九州遠征の度に訪れるようになり、元祖長浜ラーメンを食べる事は大きな楽しみの一つとなった。そんなわけで、本店閉店のニュースには、本土の僕にも少なからずの衝撃を与えたし、彼のつらさは痛い程わかるから、返す言葉がなかったのだ。

この思い出深い元祖長浜ラーメンに連れていってくれたのが、MOTHと言うアーティスト。彼は、ラーメンと音楽をこよなく愛し、今も福岡で活動している。彼の創るへんてこなダンス・ミュージックこそ、カクバリズムやセカンドロイヤル等が盛り上がる今こそ紹介したい１枚なのだ。

MOTH / CREAM4U-MOVE YOUR BODY-

ローファイ！ オルタナ！ ジャンク！ ビック・ビート！
BECKよりも踊れて、ジャド・フェアよりもひねくれてて、セバドー並に美しい。90年代オルタナティブをこよなく愛し、決してシリアスになりすぎず、ファニーなタテノリで突き進む。黒いベースラインのアルバム冒頭から、TODD RUNDGREN「BELIEVE IN ME」使いでとことん泣かせるメロウ・バラッドまで、センスと愛に溢れています。ライブでは、ほぼ全裸でロング・ヘアを振り回し、ヘッド・バッキング&amp;大暴れ！ だいたいのライブでは、お客も巻き込んだ熱狂のモッシュ大会(たまにはずすけど)。福岡のグッド・リスナーは、みんな彼のライブを心待ちにしているんです。ピース！ レーベルは、盟友folk enough井上周一主催のe.g.recordsから。
ナンバー・ガールやモーサム・トーン・ベンダー、スパルタ・ローカルズ等、東京に出た福岡のバンドはとっても有名ですが、
当然の如く、福岡に留まって暴れ回るアーティストの方が、豚骨の染み付きは濃厚で、しかもまだまだ現在進行形！福岡カルチャーの中心地、天神にある５階建てのライブハウス、デカタン・デラックスから吐き出されるサウンドは、いつも個性的な福岡でしか生まれない音を届けてくれるんです。

MOTHは、昨年遂にラーメン屋を営みだした。まだ食べてないけれど、相当旨いらしい。又一つ福岡に行く楽しみができた。</content:encoded>
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<item rdf:about="http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64629">
  <title>THIS IS MUSIC / 大橋トリオ</title>
  <link>http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64629</link>
  <description>'''This Is Music / 大橋トリオ　text by kentaro takahashi'''
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/7474]]

「僕はこれから六本木でライヴ」
「え、何見に行くの？」
「大橋トリオ」
「ふーん」

友人との話はそこで終わってしまった。
多分、友人は僕がジャズのピアノ・トリオか何かを観に行くのだと思って、それ以上、興味を惹かれなかったのだろう。
もしも、急いでいなかったならば、「いや、トリオって言っても、一人なんだけれどね」と大橋トリオの説明をしても良かったのだが。
なんか、損なネーミングだなあ。-

大橋トリオというのはシンガー・ソングライターです。
本名は大橋好規という。

もっとも、僕自身、大橋トリオのことを知ったのは比較的、最近のことで、最初はやはり、３人編成のバンドなのだと思っていた。ネットで検索してみて、初めて、大橋トリオがソロ・アーティストだと知った。
シルクハットをかぶった長髪の青年。後ろには足踏みオルガン。古いヤマハの&amp;amp;#9355;ステップだろうか。そこで何かピンと来た。

ちょうど、そんな時にライヴがあるというので、観に行くことにした。
それが11月21日、六本木SUPER DELUXEでのワンマン・ライヴ。

かなり音楽通の友人でも、大橋トリオのことを知っている人はまだ少ない。
会場でもほとんど音楽関係の知人には会わなかった。そのかわり、思わぬ友人には会った。会場を満員にした人々（７割は女性）は、どこでどうやって大橋トリオを知り、ファンになったのだろう？

「PRETAPOTER」、「THIS IS MUSIC」の２枚のアルバムに聞ける大橋トリオの音楽は、60〜70年代のアメリカン・ミュージックを下敷きにしたオーセンティックな歌ものだった。ザ・バンドのような曲がある。といっても、ザ・バンドをめざして作った、ザ・バンドのような曲という感じはしない。一小節だけ７拍子ぽくなるサビが印象的なその曲（「The Ride」は、もっと大きな、音楽の培養土のようなものに抱かれて、曲を育てていったら、ザ・バンドのような曲になった。ザ・バンドの音楽も同じ土に育まれた音楽だったから。そんな感じがする。

ライヴは５人編成。メンバーはみんなサスペンダーつきのズボンを履いている。大橋トリオは前半、後半で違う衣装。前半は眼鏡をしていた。後半はあのシルクハット。が、どちらもオールドタイミーな服装なのは変わらない。不思議な場違い感。映画から抜け出てきたような。
最初の曲はトム・ウェイツの「New Coat Of Paint」のカヴァーだったかもしれない。その後もトム・ウェイツの「Time」がカヴァーされる。
大橋トリオはピアノ、エレクトリック・ピアノ、アコースティック・ギターを持ち替えながら歌う。どの楽器もさりげなく上手い。ギターのフィンガー・ピッキングは時にジェームズ・テイラーのようだったり、ライ・クーダーのようだったり。

しかし、そんなところにばかり目を丸くして、大橋トリオの音楽を聞くのは野暮にも思える。
目の前にいるのはただのバンド。演じているのはただの音楽。
ミュージシャン達に強烈な個性があるかといったら、ないかもしれない。
しかし、会場を満たしているのは紛れもないグッド・ミュージック。誰もが幸せそうに、軽く身体を揺らしている。
大橋トリオのウェブサイトを見ると、アルバム「This Is Music」について、面白いことが書いてある。
「これが音楽だ」という一文に棒線が引かれ、「これは音楽です」と書き直されているのだ。
この控えめさ。気負いのなさ、それが大橋トリオのたたずまいだ。

格好こそ、少し芝居がかっているが、ライヴが進むに連れて、大橋好規のシャイな素顔がじんわりと音楽の中に染み出てきて、観る側もほどよくリラックス。深読みはどんどんほぐれていって、ただ彼は奏でたい音楽を次々に奏でている。ただ、それだけなのだ、と思えてくる。
そして、気づくのだ、ただただ曲が良いことに。

アンコールの最後は「Happy Trail」。バンジョーをつま弾きながら歌われるちょっとノスタルジックで、ちょっとセンチメンタルな曲。とても映像的でもある。結末はもしかしたらハッピーエンドではないかもしれないけれど、そこに向う足どりは軽やか。そんな情景が浮かぶ。
名曲、と書いてみると、なんかちょっと違う気がしてくる。もっとフツーに良い曲だから。そんな風に思わせる曲を大橋トリオは少なくとも、一つは持っている。
あと幾つ、あのシルクハットの中から取り出してくれるのか、それはこれからのお楽しみだ.</description>
  <dc:date>2008-11-28T11:16:26+09:00</dc:date>
  <content:encoded>'''This Is Music / 大橋トリオ　text by kentaro takahashi'''
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/7474]]

「僕はこれから六本木でライヴ」
「え、何見に行くの？」
「大橋トリオ」
「ふーん」

友人との話はそこで終わってしまった。
多分、友人は僕がジャズのピアノ・トリオか何かを観に行くのだと思って、それ以上、興味を惹かれなかったのだろう。
もしも、急いでいなかったならば、「いや、トリオって言っても、一人なんだけれどね」と大橋トリオの説明をしても良かったのだが。
なんか、損なネーミングだなあ。-

大橋トリオというのはシンガー・ソングライターです。
本名は大橋好規という。

もっとも、僕自身、大橋トリオのことを知ったのは比較的、最近のことで、最初はやはり、３人編成のバンドなのだと思っていた。ネットで検索してみて、初めて、大橋トリオがソロ・アーティストだと知った。
シルクハットをかぶった長髪の青年。後ろには足踏みオルガン。古いヤマハの&amp;#9355;ステップだろうか。そこで何かピンと来た。

ちょうど、そんな時にライヴがあるというので、観に行くことにした。
それが11月21日、六本木SUPER DELUXEでのワンマン・ライヴ。

かなり音楽通の友人でも、大橋トリオのことを知っている人はまだ少ない。
会場でもほとんど音楽関係の知人には会わなかった。そのかわり、思わぬ友人には会った。会場を満員にした人々（７割は女性）は、どこでどうやって大橋トリオを知り、ファンになったのだろう？

「PRETAPOTER」、「THIS IS MUSIC」の２枚のアルバムに聞ける大橋トリオの音楽は、60〜70年代のアメリカン・ミュージックを下敷きにしたオーセンティックな歌ものだった。ザ・バンドのような曲がある。といっても、ザ・バンドをめざして作った、ザ・バンドのような曲という感じはしない。一小節だけ７拍子ぽくなるサビが印象的なその曲（「The Ride」は、もっと大きな、音楽の培養土のようなものに抱かれて、曲を育てていったら、ザ・バンドのような曲になった。ザ・バンドの音楽も同じ土に育まれた音楽だったから。そんな感じがする。

ライヴは５人編成。メンバーはみんなサスペンダーつきのズボンを履いている。大橋トリオは前半、後半で違う衣装。前半は眼鏡をしていた。後半はあのシルクハット。が、どちらもオールドタイミーな服装なのは変わらない。不思議な場違い感。映画から抜け出てきたような。
最初の曲はトム・ウェイツの「New Coat Of Paint」のカヴァーだったかもしれない。その後もトム・ウェイツの「Time」がカヴァーされる。
大橋トリオはピアノ、エレクトリック・ピアノ、アコースティック・ギターを持ち替えながら歌う。どの楽器もさりげなく上手い。ギターのフィンガー・ピッキングは時にジェームズ・テイラーのようだったり、ライ・クーダーのようだったり。

しかし、そんなところにばかり目を丸くして、大橋トリオの音楽を聞くのは野暮にも思える。
目の前にいるのはただのバンド。演じているのはただの音楽。
ミュージシャン達に強烈な個性があるかといったら、ないかもしれない。
しかし、会場を満たしているのは紛れもないグッド・ミュージック。誰もが幸せそうに、軽く身体を揺らしている。
大橋トリオのウェブサイトを見ると、アルバム「This Is Music」について、面白いことが書いてある。
「これが音楽だ」という一文に棒線が引かれ、「これは音楽です」と書き直されているのだ。
この控えめさ。気負いのなさ、それが大橋トリオのたたずまいだ。

格好こそ、少し芝居がかっているが、ライヴが進むに連れて、大橋好規のシャイな素顔がじんわりと音楽の中に染み出てきて、観る側もほどよくリラックス。深読みはどんどんほぐれていって、ただ彼は奏でたい音楽を次々に奏でている。ただ、それだけなのだ、と思えてくる。
そして、気づくのだ、ただただ曲が良いことに。

アンコールの最後は「Happy Trail」。バンジョーをつま弾きながら歌われるちょっとノスタルジックで、ちょっとセンチメンタルな曲。とても映像的でもある。結末はもしかしたらハッピーエンドではないかもしれないけれど、そこに向う足どりは軽やか。そんな情景が浮かぶ。
名曲、と書いてみると、なんかちょっと違う気がしてくる。もっとフツーに良い曲だから。そんな風に思わせる曲を大橋トリオは少なくとも、一つは持っている。
あと幾つ、あのシルクハットの中から取り出してくれるのか、それはこれからのお楽しみだ.</content:encoded>
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<item rdf:about="http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64562">
  <title>The Movie / Clare &amp; The Reasons</title>
  <link>http://d.recommuni.jp/editorschoice/AC_64562</link>
  <description>[[　　　　　　]]
'''The Movie / Clare &amp;amp; The Reasons　text by kentaro takahashi'''　　
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/6887]]
 
　その昔、ニューヨーク郊外のウッドストック村にジェフ＆マリア・マルダーという夫婦デュオがいた。傍らにはいつもギタリストのエイモス・ギャレットがいて、３人でそれはそれは素敵なアメリカン・ミュージックを演っていた。手作りの素朴さの中に日常の滋味深さが染み出てくるような。
　ジェフとマリアはそれ以前、ジム・クウェスキン・ジャグバンドに在籍。六十年代のフォーク・ブームの頃に遡る話だ。その後、二人はジェフ＆マリアとして二枚のアルバムを残す。しかし、1973年に離婚。マリアはソロに。ジェフもポール・バターフィールド率いるブルーズ・バンド、ベターデイズを経て、やはりソロとなる。

　ソロで爆発的な成功を収めたのはマリア・マルダーで、デビュー曲にして、全米トップテンに入る大ヒットを手中にする。それが奇跡の名曲「真夜中のオアシス」。個人的な話をすると、この曲はまさしく、僕の人生を変えた１曲でもある。
　奇跡の名曲はエイモス・ギャレットの奇跡の名演でも名高い。まさに空を駆けるようなギター・ソロ。1974年、18歳だった僕は深夜のFENで初めて、この曲を聞いた。そして、ギター・ソロで天にも昇るような気持ちになる。エレキ・ギターというのは、こんなことが出来るんだ！！！！　誰の曲かも分からないのに、僕はそこで心に決めたのだった。オレもエレキを弾こうと。 

　それまでエレキ・ギターといえば、レスポールやSGのようなギターのことで、レッド・ツェッペリンやクリームのような音楽を奏でるためのものと思っていた。高校時代にフォーク・ギターに触ったりはしていたものの、大学に入りたてのオレは、特別、ギターにハマっている訳でもなければ、バンドをやろうと考えていた訳でもなかった。まだ、やることが見つからずに、いろんなサークルを覗き見ていた頃だった。
　一週間後には、毎晩のようにFENで耳にするその曲がマリア・マルダーの「ミッドナイト・オエイシス」だということが分かった。しばらくして、輸入盤のLPが入ってくる。裏ジャケットではエイモス・ギャレットというギタリストが、フェンダーのテレキャスターを抱えていた。これだ！　オレに必要なのは。
　しかしながら、大学生がフェンダーのギターなど買える時代ではない。かといって、当時はまだ日本のギターメイカーはギブソンのコピー・モデルばかり作っていて、テレキャスターのコピー・モデルは売っていなかった。買うギターがないまま、夏が過ぎて、９月になったある日、国分寺の楽器店を覗くと、ナチュラルのボディに黒いピックガードのテレキャスターが輝くように壁に飾られていた。
　聞けば、フェルナンデスという新しいメーカーの試作機だという。そのギターを僕に売って下さい！　翌日、貯金を下ろして、万札を握りしめて、再び国分寺へ。思えば、あれが人生が変わった日だった。そのきっかけを作ったのが「真夜中のオアシス」。そして、東京の大学生にそんな奇跡的な出会いともいうべきものを与えてくれた１曲は、それを生み出したアメリカのミュージシャン達にとっても、まさしく、奇跡の１曲だった。

　エイモス・ギャレットはその後も素晴らしい演奏を沢山残しはするものの、あれほどにドリーミーで、ポップかつプログレッシヴなギター・ソロを弾いたことはない。たぶん、彼にとってもそれは人生に一度きりの完璧な演奏だったのだ。
　「真夜中のオアシス」のソングライターはデヴィッド・ニクターンという人。アコースティック・ギターを抱えた写真がマリアのアルバムの裏ジャケにあるが、彼に至っては、この曲で得た名声をその後に生かすことはなかった。ジェリー・ガルシアやデヴィッド・グリスマンらと演奏したり、映画やテレビの音楽を手掛けたりはしていたそうだが、実のところ、「真夜中のオアシス」以外に彼の音楽はほとんど知られていない。この曲の作者自身のヴァージョンを含めたソロ・アルバムでも作ってくれたなら、絶対買ったに違いないのに（今からだって作ってくれれば・・・）。
　そして、デヴィッド・ニクターンの書いたこの曲はマリア・マルダーにとっても特別な、あるいは特殊な１曲であったりする。デビュー曲にして最大のヒット曲であるばかりではない。この曲は60年代から今日に至るマリアのキャリアの中でも異彩を放つ１曲なのだ。それはやはり、「ポップかつプログレッシヴ」という言葉で表現できるかもしれない。

　「真夜中のオアシス」を含むマリア・マルダーのデビュー・アルバムのタイトルは「オールド・タイム・レイディ」。それはそのまま、彼女の音楽性を表している。古き良きアメリカン・ミュージックをジャズ・シンガーともブルーズ・シンガーともカントリー・シンガーとも違ったアプローチで演ずる。アメリカン・ミュージックの源流にある様々な音楽、ジャグバンド・ミュージックやラグタイムやアパラチアのマウンテン・ミュージックなどなどをひっくるめた魅力的な混沌の中から聞こえてくる声。ジャンルを超越した、ある意味、掴みどころがないとも言える歌いぶりこそがマリア・マルダーの個性だった（実際のところ、彼女のフレージングはどの音程を取ろうとしているのか、分かりづらいところが多分にある。一般には決して上手い歌手とは呼ばれないだろう）。
　しかし、そんなマリア・マルダーの代表曲でありながら、「真夜中のオアシス」はオールド・タイムどころか、イントロのコード感、シンコペ感からしてプログレッシヴ。1974年にあってはジェームズ・テイラーやキャロル・キング、バート・バカラックすらもそこまではやらなかった分数コードの嵐、それによる部分転調感に彩られた、恐ろしく手のこんだソングクラフトなのだった。そんな曲だったからこそ、エイモス・ギャレットの一世一代の名演を引き出した。そして、マリア・マルダーにポップ・チャートでの成功をもたらした。この曲がなかったら、マリア・マルダーの今日の知名度は、カレン・ダルトンあたりと変わらなかったかもしれない。

　マリアの成功の一方で、ジェフ・マルダーは同じワーナー／リプリーズのサポートを受けつつも、ソロ・キャリアは成功しなかった。エイモスほかのウッドストックの仲間達と作った一作目の「Is Having Wonderful Time」は傑作だったが、LAのスタジオ・ミュージシャンと作った1976年の二作目「MOTION」は駄作・・・というよりは、七十年代後半のワーナー・ブラザーズ、ひいてはアメリカン・ミュージックの変容ぶりを象徴するアルバムだったりする。
　ポップなアルバムで成功しなければいけない。そんなプレッシャーの中、レーベルに渋々作らされたアルバムに違いなく、西海岸AOR仕様のジャケットからして不似合い感がアリアリ。ジェフ自身、半信半疑のまま、プロデューサーが用意したオケに歌を入れただけだったのではないか。マジ、このアルバムを新譜として買った日には、金をドブに捨てたと思いました。そういう意味では、七十年代後半、僕がアメリカのロックよりもイギリスのパンク／ニューウェイヴに向っていくきっかけとなったアルバムでもあった。
　やりたいことをやらずに商業的にも失敗するというのはミュージシャンにとって、これ以上ない痛手であったはずで、ジェフ・マルダーの音楽活動は以後、次第にフェイドアウト。80年代以後は、かなり長いブランクの時期を過ごすことになる。

　さて、それから30年以上の日々が過ぎて、今年は2008年。２月にマリア・マルダーが来日。５月にジェフ・マルダーが来日。そして、年が明けた2009年２月にはクレア＆ザ・リーズンズが来日する。リーダーのクレア・マルダーはジェフ・マルダーの娘だ。
　ジェフとマリアにはジェニーという娘がいて、ジェニーは1993年にソロ・シンガーとしてデビューを飾っている。クレアはジェニーとは異母姉妹。ジェフとマリアが離婚し、再婚した後の娘で、歳もかなり離れている。クレアは2000年代になって、やはりソロ・シンガーとしてデビュー。さらにその後、フランス人の夫、オリヴィエ・マンションとともにクレア＆ザ・リーズンズを結成。このグループ名義で2007年の暮れに発表したのが「ザ・ムーヴィー」というアルバムだった。
　アメリカン・ミュージックの生き字引のような父親を持ったクレアは、当然のごとく、幼少の頃から音楽に親しみ、ミュージシャンとなるべく、進学先をバークリー音楽院に定めた。バークリー音楽院卒のアカデミックな才媛というのは、ブルーズマンである父親、ジェフの無頼なイメージからすると、ちょっと意外な気がしたが、よくよく調べてみると、ジェフも80年前後に自身を再教育するためバークリーでクラスを取ったりしていたらしい。「MOTION」の失敗に懲りて、自らのアレンジやプロデュース能力を高めようとしたのかもしれない。
　ルーツ・ミュージックについては父親から幾らでも吸収できる環境にいたクレアは、むしろ、クラシックや映画音楽など、違うフィールドのことを積極的に学んだようだ。そして、バークリーの仲間と音楽活動を続けることになる。

　実のところ、クレアのソロ名義の二作品はたいして印象に残らなかった。が、この「ザ・ムーヴィー」を聞いて、クレア・マルダーというミュージシャンが何者なのか、初めて明確な像が浮かび上がってきた。このアルバムよりも少し前に出た他のアーティストの作品でよく聞いていたのが、イナラ・ジョージとグレッグ・カースティンのデュオ、バード＆ビーのデビュー・アルバムだったのだが、クレア＆ザ・リーズンズはまさに、そのバード＆ビーの好敵手として登場したようにも思えた。
　バード＆ビーのイナラ・ジョージは、リトル・フィートのリーダーだった故ローウェル・ジョージの娘。ジェフ・マルダーとローウェル・ジョージは同時代にワーナーに在籍していたし、根底にブルーズを持ったアメリカン・ミュージックの改革者という点でも共通項があるだろう。
　といっても、イナラ・ジョージの音楽は特に父親の音楽と近しいところがある訳ではなかった。バード＆ビーの音楽は様々なアメリカン・ミュージックの要素を内包しつつも、それだけにはとどまらない。イギリスのロック・ミュージックやクラブ・ミュージックの影響も消化し、斬新な転調感を持った曲作りとエレクトロなサウンドをフックにして、ふわっと飛翔してみせた現代ポップといえば良いか。
　そして、そのふわっと飛翔する感覚を僕はクレア＆ザ・リーズンズにも強く感じた。ヴァン・ダイク・パークスやスフィアン・スティーヴンスも参加したアルバムのサウンドはより生楽器主体。タイトルやアートワークからも窺えるように、架空の映画音楽的な意匠が凝らされたアルバムは、オーケストラの楽器を多用し、ノスタルジックなムードも多分に漂わせる。父親は戦前のブルーズを取り上げて歌ったが、娘は50年代以前のゴージャスなアメリカ文化、ハリウッドやブロードウェイの豊穣な伝統をクレア＆ザ・リーズンズの音楽の中に取り込んでいる。あるいは、同時代のヨーロッパ文化への視点すらもある。しかし、ただそれだけだったら、多分、僕はこのアルバムにさして惹かれなかっただろう。

　「ザ・ムーヴィー」を聞きながら、僕が思い出していたのは、実はマリア・マルダーの「真夜中のオアシス」のことだった。
　クレアはマリアの娘ではない。が、ノスタルジックであることとプログレッシヴであることのバランス、そして、そのバランスがポップであることに繋がるかどうか、という命題は、ある意味、マルダー・ファミリーがずっと抱え続けてきたテーマのようにも思える。ジェフ・マルダーの「MOTION」だって、彼が新しいことをやってポップに抜けようとしたアルバムだったに違いない。不器用なブルーズマンはそれに失敗した。
　一方で、その最高の成功例、マルダー・ファミリーにとどまらず、アメリカン・ポップ・ミュージックの歴史の中でもそう断言できる１曲が「真夜中のオアシス」だった。だからこそ、あの１曲によって、僕の人生すら変わってしまったのだ。
　クレア＆ザ・リーズンズの「ザ・ムーヴィー」には、どこかしら、その「真夜中のオアシス」と同じ音楽の魔法が潜んでいるように思える。「ザ・ムーヴィー」というレトロスペクティヴなコンセプトが、ふとした瞬間に、未来的なポップ感にすり替わる。それを実現しているのは、ちょっとしたコードや音色のマジックかもしれない。あるいは、クレアのコケティッシュな声のマジックかもしれない。

　「ザ・ムーヴィー」は良い意味で現実感の薄いアルバムだ。儚い夢のような。ふっと舌の上で溶けてしまう繊細な菓子のような。が、淡く儚いのに、なぜか記憶の底にある何かを強く刺激する。だから、僕は小さなトランジスタ・ラジオで初めて「真夜中のオアシス」を聞いた、あの夜のことを思い出したりもしたのだろう。
　そこではティアーズ・フォー・フィアーズのヒット曲「エヴリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」がカヴァーされる。
　誰もが世界を支配することを願っている・・・・といっても、ここで言う世界とは実はささやかなものだったりする。サーファーだったら、最高の波を捉えて、ボードの上に立った瞬間に世界を支配したと感じるだろう。料理人だったら、最高の焼き加減のパイをオーブンから取り出した瞬間にそう感じるかもしれない。

　では、音楽家だったら？
　僕は答えを一つは知っている。
　それは「真夜中のオアシス」にある。
　あのギター・ソロを弾き終えた時、エイモス・ギャレットが世界を支配していなかったはずがないじゃないか！
　
　そして、クレア＆リーズンズも「真夜中のオアシス」を見つけている。
　まだ辿り着いてはいないかもしれないけれど、クレアの瞳にはもう、それが映っている。きっと、そういうことなのだろう。
　世界を支配する力を秘めたアルバム。「ザ・ムーヴィー」はそう言いたくなるだけの美しさを確かに持っている。

(text by kentaro takahashi)

[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/6887]]

【CLARE &amp;amp; THE REASONS Japan Tour 〜The Movie 2009〜】

○2月5日（木）横浜 ThumbsUp
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+order）
info: ThumbsUp 045-314-8705
http://www.stovesyokohama.com/thumbs/

○2月7日（土）金沢 もっきりや
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: もっきりや 076-231-0096
http://www.spacelan.ne.jp/~mokkiriya/

○2月9日（月）大阪 心斎橋CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 心斎橋CLUB QUATTRO 06-6281-8181
http://www.club-quattro.com/

○2月10日（火）広島 CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 広島CLUB QUATTRO 082-542-2280
http://www.club-quattro.com/

○2月11日（水・祝）京都 磔磔
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \600）
info: 磔磔 075-351-1321
http://www.geisya.or.jp/~takutaku/

○2月12日（木）名古屋 Tokuzo
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: Tokuzo 052-733-3709
http://www.tokuzo.com/

○2月13日（金）東京 渋谷CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 渋谷CLUB QUATTRO 03-3477-8750
http://www.club-quattro.com/

ツアー詳細URL：
http://www.toms-cabin.com/Clare2009/　</description>
  <dc:date>2008-11-20T21:28:28+09:00</dc:date>
  <content:encoded>[[　　　　　　]]
'''The Movie / Clare &amp; The Reasons　text by kentaro takahashi'''　　
[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/6887]]
 
　その昔、ニューヨーク郊外のウッドストック村にジェフ＆マリア・マルダーという夫婦デュオがいた。傍らにはいつもギタリストのエイモス・ギャレットがいて、３人でそれはそれは素敵なアメリカン・ミュージックを演っていた。手作りの素朴さの中に日常の滋味深さが染み出てくるような。
　ジェフとマリアはそれ以前、ジム・クウェスキン・ジャグバンドに在籍。六十年代のフォーク・ブームの頃に遡る話だ。その後、二人はジェフ＆マリアとして二枚のアルバムを残す。しかし、1973年に離婚。マリアはソロに。ジェフもポール・バターフィールド率いるブルーズ・バンド、ベターデイズを経て、やはりソロとなる。

　ソロで爆発的な成功を収めたのはマリア・マルダーで、デビュー曲にして、全米トップテンに入る大ヒットを手中にする。それが奇跡の名曲「真夜中のオアシス」。個人的な話をすると、この曲はまさしく、僕の人生を変えた１曲でもある。
　奇跡の名曲はエイモス・ギャレットの奇跡の名演でも名高い。まさに空を駆けるようなギター・ソロ。1974年、18歳だった僕は深夜のFENで初めて、この曲を聞いた。そして、ギター・ソロで天にも昇るような気持ちになる。エレキ・ギターというのは、こんなことが出来るんだ！！！！　誰の曲かも分からないのに、僕はそこで心に決めたのだった。オレもエレキを弾こうと。 

　それまでエレキ・ギターといえば、レスポールやSGのようなギターのことで、レッド・ツェッペリンやクリームのような音楽を奏でるためのものと思っていた。高校時代にフォーク・ギターに触ったりはしていたものの、大学に入りたてのオレは、特別、ギターにハマっている訳でもなければ、バンドをやろうと考えていた訳でもなかった。まだ、やることが見つからずに、いろんなサークルを覗き見ていた頃だった。
　一週間後には、毎晩のようにFENで耳にするその曲がマリア・マルダーの「ミッドナイト・オエイシス」だということが分かった。しばらくして、輸入盤のLPが入ってくる。裏ジャケットではエイモス・ギャレットというギタリストが、フェンダーのテレキャスターを抱えていた。これだ！　オレに必要なのは。
　しかしながら、大学生がフェンダーのギターなど買える時代ではない。かといって、当時はまだ日本のギターメイカーはギブソンのコピー・モデルばかり作っていて、テレキャスターのコピー・モデルは売っていなかった。買うギターがないまま、夏が過ぎて、９月になったある日、国分寺の楽器店を覗くと、ナチュラルのボディに黒いピックガードのテレキャスターが輝くように壁に飾られていた。
　聞けば、フェルナンデスという新しいメーカーの試作機だという。そのギターを僕に売って下さい！　翌日、貯金を下ろして、万札を握りしめて、再び国分寺へ。思えば、あれが人生が変わった日だった。そのきっかけを作ったのが「真夜中のオアシス」。そして、東京の大学生にそんな奇跡的な出会いともいうべきものを与えてくれた１曲は、それを生み出したアメリカのミュージシャン達にとっても、まさしく、奇跡の１曲だった。

　エイモス・ギャレットはその後も素晴らしい演奏を沢山残しはするものの、あれほどにドリーミーで、ポップかつプログレッシヴなギター・ソロを弾いたことはない。たぶん、彼にとってもそれは人生に一度きりの完璧な演奏だったのだ。
　「真夜中のオアシス」のソングライターはデヴィッド・ニクターンという人。アコースティック・ギターを抱えた写真がマリアのアルバムの裏ジャケにあるが、彼に至っては、この曲で得た名声をその後に生かすことはなかった。ジェリー・ガルシアやデヴィッド・グリスマンらと演奏したり、映画やテレビの音楽を手掛けたりはしていたそうだが、実のところ、「真夜中のオアシス」以外に彼の音楽はほとんど知られていない。この曲の作者自身のヴァージョンを含めたソロ・アルバムでも作ってくれたなら、絶対買ったに違いないのに（今からだって作ってくれれば・・・）。
　そして、デヴィッド・ニクターンの書いたこの曲はマリア・マルダーにとっても特別な、あるいは特殊な１曲であったりする。デビュー曲にして最大のヒット曲であるばかりではない。この曲は60年代から今日に至るマリアのキャリアの中でも異彩を放つ１曲なのだ。それはやはり、「ポップかつプログレッシヴ」という言葉で表現できるかもしれない。

　「真夜中のオアシス」を含むマリア・マルダーのデビュー・アルバムのタイトルは「オールド・タイム・レイディ」。それはそのまま、彼女の音楽性を表している。古き良きアメリカン・ミュージックをジャズ・シンガーともブルーズ・シンガーともカントリー・シンガーとも違ったアプローチで演ずる。アメリカン・ミュージックの源流にある様々な音楽、ジャグバンド・ミュージックやラグタイムやアパラチアのマウンテン・ミュージックなどなどをひっくるめた魅力的な混沌の中から聞こえてくる声。ジャンルを超越した、ある意味、掴みどころがないとも言える歌いぶりこそがマリア・マルダーの個性だった（実際のところ、彼女のフレージングはどの音程を取ろうとしているのか、分かりづらいところが多分にある。一般には決して上手い歌手とは呼ばれないだろう）。
　しかし、そんなマリア・マルダーの代表曲でありながら、「真夜中のオアシス」はオールド・タイムどころか、イントロのコード感、シンコペ感からしてプログレッシヴ。1974年にあってはジェームズ・テイラーやキャロル・キング、バート・バカラックすらもそこまではやらなかった分数コードの嵐、それによる部分転調感に彩られた、恐ろしく手のこんだソングクラフトなのだった。そんな曲だったからこそ、エイモス・ギャレットの一世一代の名演を引き出した。そして、マリア・マルダーにポップ・チャートでの成功をもたらした。この曲がなかったら、マリア・マルダーの今日の知名度は、カレン・ダルトンあたりと変わらなかったかもしれない。

　マリアの成功の一方で、ジェフ・マルダーは同じワーナー／リプリーズのサポートを受けつつも、ソロ・キャリアは成功しなかった。エイモスほかのウッドストックの仲間達と作った一作目の「Is Having Wonderful Time」は傑作だったが、LAのスタジオ・ミュージシャンと作った1976年の二作目「MOTION」は駄作・・・というよりは、七十年代後半のワーナー・ブラザーズ、ひいてはアメリカン・ミュージックの変容ぶりを象徴するアルバムだったりする。
　ポップなアルバムで成功しなければいけない。そんなプレッシャーの中、レーベルに渋々作らされたアルバムに違いなく、西海岸AOR仕様のジャケットからして不似合い感がアリアリ。ジェフ自身、半信半疑のまま、プロデューサーが用意したオケに歌を入れただけだったのではないか。マジ、このアルバムを新譜として買った日には、金をドブに捨てたと思いました。そういう意味では、七十年代後半、僕がアメリカのロックよりもイギリスのパンク／ニューウェイヴに向っていくきっかけとなったアルバムでもあった。
　やりたいことをやらずに商業的にも失敗するというのはミュージシャンにとって、これ以上ない痛手であったはずで、ジェフ・マルダーの音楽活動は以後、次第にフェイドアウト。80年代以後は、かなり長いブランクの時期を過ごすことになる。

　さて、それから30年以上の日々が過ぎて、今年は2008年。２月にマリア・マルダーが来日。５月にジェフ・マルダーが来日。そして、年が明けた2009年２月にはクレア＆ザ・リーズンズが来日する。リーダーのクレア・マルダーはジェフ・マルダーの娘だ。
　ジェフとマリアにはジェニーという娘がいて、ジェニーは1993年にソロ・シンガーとしてデビューを飾っている。クレアはジェニーとは異母姉妹。ジェフとマリアが離婚し、再婚した後の娘で、歳もかなり離れている。クレアは2000年代になって、やはりソロ・シンガーとしてデビュー。さらにその後、フランス人の夫、オリヴィエ・マンションとともにクレア＆ザ・リーズンズを結成。このグループ名義で2007年の暮れに発表したのが「ザ・ムーヴィー」というアルバムだった。
　アメリカン・ミュージックの生き字引のような父親を持ったクレアは、当然のごとく、幼少の頃から音楽に親しみ、ミュージシャンとなるべく、進学先をバークリー音楽院に定めた。バークリー音楽院卒のアカデミックな才媛というのは、ブルーズマンである父親、ジェフの無頼なイメージからすると、ちょっと意外な気がしたが、よくよく調べてみると、ジェフも80年前後に自身を再教育するためバークリーでクラスを取ったりしていたらしい。「MOTION」の失敗に懲りて、自らのアレンジやプロデュース能力を高めようとしたのかもしれない。
　ルーツ・ミュージックについては父親から幾らでも吸収できる環境にいたクレアは、むしろ、クラシックや映画音楽など、違うフィールドのことを積極的に学んだようだ。そして、バークリーの仲間と音楽活動を続けることになる。

　実のところ、クレアのソロ名義の二作品はたいして印象に残らなかった。が、この「ザ・ムーヴィー」を聞いて、クレア・マルダーというミュージシャンが何者なのか、初めて明確な像が浮かび上がってきた。このアルバムよりも少し前に出た他のアーティストの作品でよく聞いていたのが、イナラ・ジョージとグレッグ・カースティンのデュオ、バード＆ビーのデビュー・アルバムだったのだが、クレア＆ザ・リーズンズはまさに、そのバード＆ビーの好敵手として登場したようにも思えた。
　バード＆ビーのイナラ・ジョージは、リトル・フィートのリーダーだった故ローウェル・ジョージの娘。ジェフ・マルダーとローウェル・ジョージは同時代にワーナーに在籍していたし、根底にブルーズを持ったアメリカン・ミュージックの改革者という点でも共通項があるだろう。
　といっても、イナラ・ジョージの音楽は特に父親の音楽と近しいところがある訳ではなかった。バード＆ビーの音楽は様々なアメリカン・ミュージックの要素を内包しつつも、それだけにはとどまらない。イギリスのロック・ミュージックやクラブ・ミュージックの影響も消化し、斬新な転調感を持った曲作りとエレクトロなサウンドをフックにして、ふわっと飛翔してみせた現代ポップといえば良いか。
　そして、そのふわっと飛翔する感覚を僕はクレア＆ザ・リーズンズにも強く感じた。ヴァン・ダイク・パークスやスフィアン・スティーヴンスも参加したアルバムのサウンドはより生楽器主体。タイトルやアートワークからも窺えるように、架空の映画音楽的な意匠が凝らされたアルバムは、オーケストラの楽器を多用し、ノスタルジックなムードも多分に漂わせる。父親は戦前のブルーズを取り上げて歌ったが、娘は50年代以前のゴージャスなアメリカ文化、ハリウッドやブロードウェイの豊穣な伝統をクレア＆ザ・リーズンズの音楽の中に取り込んでいる。あるいは、同時代のヨーロッパ文化への視点すらもある。しかし、ただそれだけだったら、多分、僕はこのアルバムにさして惹かれなかっただろう。

　「ザ・ムーヴィー」を聞きながら、僕が思い出していたのは、実はマリア・マルダーの「真夜中のオアシス」のことだった。
　クレアはマリアの娘ではない。が、ノスタルジックであることとプログレッシヴであることのバランス、そして、そのバランスがポップであることに繋がるかどうか、という命題は、ある意味、マルダー・ファミリーがずっと抱え続けてきたテーマのようにも思える。ジェフ・マルダーの「MOTION」だって、彼が新しいことをやってポップに抜けようとしたアルバムだったに違いない。不器用なブルーズマンはそれに失敗した。
　一方で、その最高の成功例、マルダー・ファミリーにとどまらず、アメリカン・ポップ・ミュージックの歴史の中でもそう断言できる１曲が「真夜中のオアシス」だった。だからこそ、あの１曲によって、僕の人生すら変わってしまったのだ。
　クレア＆ザ・リーズンズの「ザ・ムーヴィー」には、どこかしら、その「真夜中のオアシス」と同じ音楽の魔法が潜んでいるように思える。「ザ・ムーヴィー」というレトロスペクティヴなコンセプトが、ふとした瞬間に、未来的なポップ感にすり替わる。それを実現しているのは、ちょっとしたコードや音色のマジックかもしれない。あるいは、クレアのコケティッシュな声のマジックかもしれない。

　「ザ・ムーヴィー」は良い意味で現実感の薄いアルバムだ。儚い夢のような。ふっと舌の上で溶けてしまう繊細な菓子のような。が、淡く儚いのに、なぜか記憶の底にある何かを強く刺激する。だから、僕は小さなトランジスタ・ラジオで初めて「真夜中のオアシス」を聞いた、あの夜のことを思い出したりもしたのだろう。
　そこではティアーズ・フォー・フィアーズのヒット曲「エヴリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」がカヴァーされる。
　誰もが世界を支配することを願っている・・・・といっても、ここで言う世界とは実はささやかなものだったりする。サーファーだったら、最高の波を捉えて、ボードの上に立った瞬間に世界を支配したと感じるだろう。料理人だったら、最高の焼き加減のパイをオーブンから取り出した瞬間にそう感じるかもしれない。

　では、音楽家だったら？
　僕は答えを一つは知っている。
　それは「真夜中のオアシス」にある。
　あのギター・ソロを弾き終えた時、エイモス・ギャレットが世界を支配していなかったはずがないじゃないか！
　
　そして、クレア＆リーズンズも「真夜中のオアシス」を見つけている。
　まだ辿り着いてはいないかもしれないけれど、クレアの瞳にはもう、それが映っている。きっと、そういうことなのだろう。
　世界を支配する力を秘めたアルバム。「ザ・ムーヴィー」はそう言いたくなるだけの美しさを確かに持っている。

(text by kentaro takahashi)

[[試聴／ダウンロードページへ|http://recommuni.jp/opus/package.php/6887]]

【CLARE &amp; THE REASONS Japan Tour 〜The Movie 2009〜】

○2月5日（木）横浜 ThumbsUp
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+order）
info: ThumbsUp 045-314-8705
http://www.stovesyokohama.com/thumbs/

○2月7日（土）金沢 もっきりや
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: もっきりや 076-231-0096
http://www.spacelan.ne.jp/~mokkiriya/

○2月9日（月）大阪 心斎橋CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 心斎橋CLUB QUATTRO 06-6281-8181
http://www.club-quattro.com/

○2月10日（火）広島 CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 広島CLUB QUATTRO 082-542-2280
http://www.club-quattro.com/

○2月11日（水・祝）京都 磔磔
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \600）
info: 磔磔 075-351-1321
http://www.geisya.or.jp/~takutaku/

○2月12日（木）名古屋 Tokuzo
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: Tokuzo 052-733-3709
http://www.tokuzo.com/

○2月13日（金）東京 渋谷CLUB QUATTRO
open 18:00/start 19:00
adv. \6,000/door \7,000（+drink \500）
info: 渋谷CLUB QUATTRO 03-3477-8750
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