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おばけ と かくれんぼ| 2010/10 | ||||||
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あなたはなぜ働くのですか?
就職活動のとき嫌になるくらい自問自答した。
「自分は○○○な仕事がしたいから……?」
団塊の世代の方々に言わせると今の若者の仕事に対する価値観が少し理解できないみたいです。なぜなら、団塊の世代の方々は仕事なんて探せば見つかったし、自分が何がやりたいのか、などと考える前に、とりあえず「生活のため」に働かなくてはいけない、という考えだったみたいです。
美術手帖の佐藤雅彦さんのインタビューにこんな記事が載っていました。
「友人の小沢健二が会うなり大変嬉しそうにしていたので、どうしたのか理由を聞いてみると、今日も、いつものように、魚屋さんが店先で魚をさばいていた。いつも同じようにさばいている。そういうのを見るとなんだか嬉しくなってしまう。
この魚屋さんは自己表現とか存在意義のために魚屋さんになったわけではなくおそらく代々が魚屋さんで、彼もその後を継いだのでしょう。でも不満もないし、過度な期待もない。生業として与えられた仕事をしているんです。」
だいたいこんなような内容でした。
きっとこの魚屋さんにはある種の義務感のようなものが働いているのでしょう。
“仕事にやりがいがないからもう辞めたい…。”
やりがい=自分が楽しいと思えること=意欲的に取り組めること
だと思っていたけれど、この場合、足りないのは義務感なんじゃないかなって思えるようになりました。自分はここにいるべきなんだって思えるような義務感。
義務感ってゆうと諦めに似た感情が混じっているように感じて好きじゃなかった。義務感で何かをやっていると、自分のやりたいことってやれてるのってゆう不安が後から追っかけてきた。でもそもそも、“自分のやりたいこと”、“自己実現”なんてものの方が突き詰めれば得体のしれないもので、不安になってくる。しかも、需要がなければただの独りよがりになってしまう。それなら、今、自分のいる環境を整理して、やらなければならないこと、義務感で動いていけることをやっていった方が、よっぽどまっとうなんじゃないだろうか。それは決して諦めではない。そして、やっていくうちに「あ、これが自分のやりたかったことかも」って思えれば最高じゃないか。
義務感、大いにけっこう!
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