a group powered by ototoy blog

Editor's Choice

RSS

カレンダー

2008/11
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262729
30      
2008/12
 123456

月別アーカイヴ

カテゴリー

    2008年11月20日

    The Movie / 』 

          

    '''The Movie / Clare & The Reasons text by kentaro takahashi'''  

    試聴/ダウンロードページへ

     その昔、ニューヨーク郊外のウッドストック村にジェフ&マリア・マルダーという夫婦デュオがいた。傍らにはいつもギタリストのエイモス・ギャレットがいて、3人でそれはそれは素敵なアメリカン・ミュージックを演っていた。手作りの素朴さの中に日常の滋味深さが染み出てくるような。

     ジェフとマリアはそれ以前、ジム・クウェスキン・ジャグバンドに在籍。六十年代のフォーク・ブームの頃に遡る話だ。その後、二人はジェフ&マリアとして二枚のアルバムを残す。しかし、1973年に離婚。マリアはソロに。ジェフもポール・バターフィールド率いるブルーズ・バンド、ベターデイズを経て、やはりソロとなる。

     ソロで爆発的な成功を収めたのはマリア・マルダーで、デビュー曲にして、全米トップテンに入る大ヒットを手中にする。それが奇跡の名曲「真夜中のオアシス」。個人的な話をすると、この曲はまさしく、僕の人生を変えた1曲でもある。

     奇跡の名曲はエイモス・ギャレットの奇跡の名演でも名高い。まさに空を駆けるようなギター・ソロ。1974年、18歳だった僕は深夜のFENで初めて、この曲を聞いた。そして、ギター・ソロで天にも昇るような気持ちになる。エレキ・ギターというのは、こんなことが出来るんだ!!!! 誰の曲かも分からないのに、僕はそこで心に決めたのだった。オレもエレキを弾こうと。

     それまでエレキ・ギターといえば、レスポールやSGのようなギターのことで、レッド・ツェッペリンやクリームのような音楽を奏でるためのものと思っていた。高校時代にフォーク・ギターに触ったりはしていたものの、大学に入りたてのオレは、特別、ギターにハマっている訳でもなければ、バンドをやろうと考えていた訳でもなかった。まだ、やることが見つからずに、いろんなサークルを覗き見ていた頃だった。

     一週間後には、毎晩のようにFENで耳にするその曲がマリア・マルダーの「ミッドナイト・オエイシス」だということが分かった。しばらくして、輸入盤のLPが入ってくる。裏ジャケットではエイモス・ギャレットというギタリストが、フェンダーのテレキャスターを抱えていた。これだ! オレに必要なのは。

     しかしながら、大学生がフェンダーのギターなど買える時代ではない。かといって、当時はまだ日本のギターメイカーはギブソンのコピー・モデルばかり作っていて、テレキャスターのコピー・モデルは売っていなかった。買うギターがないまま、夏が過ぎて、9月になったある日、国分寺の楽器店を覗くと、ナチュラルのボディに黒いピックガードのテレキャスターが輝くように壁に飾られていた。

     聞けば、フェルナンデスという新しいメーカーの試作機だという。そのギターを僕に売って下さい! 翌日、貯金を下ろして、万札を握りしめて、再び国分寺へ。思えば、あれが人生が変わった日だった。そのきっかけを作ったのが「真夜中のオアシス」。そして、東京の大学生にそんな奇跡的な出会いともいうべきものを与えてくれた1曲は、それを生み出したアメリカのミュージシャン達にとっても、まさしく、奇跡の1曲だった。

     エイモス・ギャレットはその後も素晴らしい演奏を沢山残しはするものの、あれほどにドリーミーで、ポップかつプログレッシヴなギター・ソロを弾いたことはない。たぶん、彼にとってもそれは人生に一度きりの完璧な演奏だったのだ。

     「真夜中のオアシス」のソングライターはデヴィッド・ニクターンという人。アコースティック・ギターを抱えた写真がマリアのアルバムの裏ジャケにあるが、彼に至っては、この曲で得た名声をその後に生かすことはなかった。ジェリー・ガルシアやデヴィッド・グリスマンらと演奏したり、映画やテレビの音楽を手掛けたりはしていたそうだが、実のところ、「真夜中のオアシス」以外に彼の音楽はほとんど知られていない。この曲の作者自身のヴァージョンを含めたソロ・アルバムでも作ってくれたなら、絶対買ったに違いないのに(今からだって作ってくれれば・・・)。

     そして、デヴィッド・ニクターンの書いたこの曲はマリア・マルダーにとっても特別な、あるいは特殊な1曲であったりする。デビュー曲にして最大のヒット曲であるばかりではない。この曲は60年代から今日に至るマリアのキャリアの中でも異彩を放つ1曲なのだ。それはやはり、「ポップかつプログレッシヴ」という言葉で表現できるかもしれない。

     「真夜中のオアシス」を含むマリア・マルダーのデビュー・アルバムのタイトルは「オールド・タイム・レイディ」。それはそのまま、彼女の音楽性を表している。古き良きアメリカン・ミュージックをジャズ・シンガーともブルーズ・シンガーともカントリー・シンガーとも違ったアプローチで演ずる。アメリカン・ミュージックの源流にある様々な音楽、ジャグバンド・ミュージックやラグタイムやアパラチアのマウンテン・ミュージックなどなどをひっくるめた魅力的な混沌の中から聞こえてくる声。ジャンルを超越した、ある意味、掴みどころがないとも言える歌いぶりこそがマリア・マルダーの個性だった(実際のところ、彼女のフレージングはどの音程を取ろうとしているのか、分かりづらいところが多分にある。一般には決して上手い歌手とは呼ばれないだろう)。

     しかし、そんなマリア・マルダーの代表曲でありながら、「真夜中のオアシス」はオールド・タイムどころか、イントロのコード感、シンコペ感からしてプログレッシヴ。1974年にあってはジェームズ・テイラーやキャロル・キング、バート・バカラックすらもそこまではやらなかった分数コードの嵐、それによる部分転調感に彩られた、恐ろしく手のこんだソングクラフトなのだった。そんな曲だったからこそ、エイモス・ギャレットの一世一代の名演を引き出した。そして、マリア・マルダーにポップ・チャートでの成功をもたらした。この曲がなかったら、マリア・マルダーの今日の知名度は、カレン・ダルトンあたりと変わらなかったかもしれない。

     マリアの成功の一方で、ジェフ・マルダーは同じワーナー/リプリーズのサポートを受けつつも、ソロ・キャリアは成功しなかった。エイモスほかのウッドストックの仲間達と作った一作目の「Is Having Wonderful Time」は傑作だったが、LAのスタジオ・ミュージシャンと作った1976年の二作目「MOTION」は駄作・・・というよりは、七十年代後半のワーナー・ブラザーズ、ひいてはアメリカン・ミュージックの変容ぶりを象徴するアルバムだったりする。

     ポップなアルバムで成功しなければいけない。そんなプレッシャーの中、レーベルに渋々作らされたアルバムに違いなく、西海岸AOR仕様のジャケットからして不似合い感がアリアリ。ジェフ自身、半信半疑のまま、プロデューサーが用意したオケに歌を入れただけだったのではないか。マジ、このアルバムを新譜として買った日には、金をドブに捨てたと思いました。そういう意味では、七十年代後半、僕がアメリカのロックよりもイギリスのパンク/ニューウェイヴに向っていくきっかけとなったアルバムでもあった。

     やりたいことをやらずに商業的にも失敗するというのはミュージシャンにとって、これ以上ない痛手であったはずで、ジェフ・マルダーの音楽活動は以後、次第にフェイドアウト。80年代以後は、かなり長いブランクの時期を過ごすことになる。

     さて、それから30年以上の日々が過ぎて、今年は2008年。2月にマリア・マルダーが来日。5月にジェフ・マルダーが来日。そして、年が明けた2009年2月にはクレア&ザ・リーズンズが来日する。リーダーのクレア・マルダーはジェフ・マルダーの娘だ。

     ジェフとマリアにはジェニーという娘がいて、ジェニーは1993年にソロ・シンガーとしてデビューを飾っている。クレアはジェニーとは異母姉妹。ジェフとマリアが離婚し、再婚した後の娘で、歳もかなり離れている。クレアは2000年代になって、やはりソロ・シンガーとしてデビュー。さらにその後、フランス人の夫、オリヴィエ・マンションとともにクレア&ザ・リーズンズを結成。このグループ名義で2007年の暮れに発表したのが「ザ・ムーヴィー」というアルバムだった。

     アメリカン・ミュージックの生き字引のような父親を持ったクレアは、当然のごとく、幼少の頃から音楽に親しみ、ミュージシャンとなるべく、進学先をバークリー音楽院に定めた。バークリー音楽院卒のアカデミックな才媛というのは、ブルーズマンである父親、ジェフの無頼なイメージからすると、ちょっと意外な気がしたが、よくよく調べてみると、ジェフも80年前後に自身を再教育するためバークリーでクラスを取ったりしていたらしい。「MOTION」の失敗に懲りて、自らのアレンジやプロデュース能力を高めようとしたのかもしれない。

     ルーツ・ミュージックについては父親から幾らでも吸収できる環境にいたクレアは、むしろ、クラシックや映画音楽など、違うフィールドのことを積極的に学んだようだ。そして、バークリーの仲間と音楽活動を続けることになる。

     実のところ、クレアのソロ名義の二作品はたいして印象に残らなかった。が、この「ザ・ムーヴィー」を聞いて、クレア・マルダーというミュージシャンが何者なのか、初めて明確な像が浮かび上がってきた。このアルバムよりも少し前に出た他のアーティストの作品でよく聞いていたのが、イナラ・ジョージとグレッグ・カースティンのデュオ、バード&ビーのデビュー・アルバムだったのだが、クレア&ザ・リーズンズはまさに、そのバード&ビーの好敵手として登場したようにも思えた。

     バード&ビーのイナラ・ジョージは、リトル・フィートのリーダーだった故ローウェル・ジョージの娘。ジェフ・マルダーとローウェル・ジョージは同時代にワーナーに在籍していたし、根底にブルーズを持ったアメリカン・ミュージックの改革者という点でも共通項があるだろう。

     といっても、イナラ・ジョージの音楽は特に父親の音楽と近しいところがある訳ではなかった。バード&ビーの音楽は様々なアメリカン・ミュージックの要素を内包しつつも、それだけにはとどまらない。イギリスのロック・ミュージックやクラブ・ミュージックの影響も消化し、斬新な転調感を持った曲作りとエレクトロなサウンドをフックにして、ふわっと飛翔してみせた現代ポップといえば良いか。

     そして、そのふわっと飛翔する感覚を僕はクレア&ザ・リーズンズにも強く感じた。ヴァン・ダイク・パークスやスフィアン・スティーヴンスも参加したアルバムのサウンドはより生楽器主体。タイトルやアートワークからも窺えるように、架空の映画音楽的な意匠が凝らされたアルバムは、オーケストラの楽器を多用し、ノスタルジックなムードも多分に漂わせる。父親は戦前のブルーズを取り上げて歌ったが、娘は50年代以前のゴージャスなアメリカ文化、ハリウッドやブロードウェイの豊穣な伝統をクレア&ザ・リーズンズの音楽の中に取り込んでいる。あるいは、同時代のヨーロッパ文化への視点すらもある。しかし、ただそれだけだったら、多分、僕はこのアルバムにさして惹かれなかっただろう。

     「ザ・ムーヴィー」を聞きながら、僕が思い出していたのは、実はマリア・マルダーの「真夜中のオアシス」のことだった。

     クレアはマリアの娘ではない。が、ノスタルジックであることとプログレッシヴであることのバランス、そして、そのバランスがポップであることに繋がるかどうか、という命題は、ある意味、マルダー・ファミリーがずっと抱え続けてきたテーマのようにも思える。ジェフ・マルダーの「MOTION」だって、彼が新しいことをやってポップに抜けようとしたアルバムだったに違いない。不器用なブルーズマンはそれに失敗した。

     一方で、その最高の成功例、マルダー・ファミリーにとどまらず、アメリカン・ポップ・ミュージックの歴史の中でもそう断言できる1曲が「真夜中のオアシス」だった。だからこそ、あの1曲によって、僕の人生すら変わってしまったのだ。

     クレア&ザ・リーズンズの「ザ・ムーヴィー」には、どこかしら、その「真夜中のオアシス」と同じ音楽の魔法が潜んでいるように思える。「ザ・ムーヴィー」というレトロスペクティヴなコンセプトが、ふとした瞬間に、未来的なポップ感にすり替わる。それを実現しているのは、ちょっとしたコードや音色のマジックかもしれない。あるいは、クレアのコケティッシュな声のマジックかもしれない。

     「ザ・ムーヴィー」は良い意味で現実感の薄いアルバムだ。儚い夢のような。ふっと舌の上で溶けてしまう繊細な菓子のような。が、淡く儚いのに、なぜか記憶の底にある何かを強く刺激する。だから、僕は小さなトランジスタ・ラジオで初めて「真夜中のオアシス」を聞いた、あの夜のことを思い出したりもしたのだろう。

     そこではティアーズ・フォー・フィアーズのヒット曲「エヴリバディ・ウォンツ・トゥ・ルール・ザ・ワールド」がカヴァーされる。

     誰もが世界を支配することを願っている・・・・といっても、ここで言う世界とは実はささやかなものだったりする。サーファーだったら、最高の波を捉えて、ボードの上に立った瞬間に世界を支配したと感じるだろう。料理人だったら、最高の焼き加減のパイをオーブンから取り出した瞬間にそう感じるかもしれない。

     では、音楽家だったら?

     僕は答えを一つは知っている。

     それは「真夜中のオアシス」にある。

     あのギター・ソロを弾き終えた時、エイモス・ギャレットが世界を支配していなかったはずがないじゃないか!

     

     そして、クレア&リーズンズも「真夜中のオアシス」を見つけている。

     まだ辿り着いてはいないかもしれないけれど、クレアの瞳にはもう、それが映っている。きっと、そういうことなのだろう。

     世界を支配する力を秘めたアルバム。「ザ・ムーヴィー」はそう言いたくなるだけの美しさを確かに持っている。

    (text by kentaro takahashi)

    試聴/ダウンロードページへ

    【CLARE & THE REASONS Japan Tour 〜The Movie 2009〜】

    ○2月5日(木)横浜 ThumbsUp

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+order)

    info: ThumbsUp 045-314-8705

    http://www.stovesyokohama.com/thumbs/

    ○2月7日(土)金沢 もっきりや

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 500)

    info: もっきりや 076-231-0096

    http://www.spacelan.ne.jp/~mokkiriya/

    ○2月9日(月)大阪 心斎橋CLUB QUATTRO

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 500)

    info: 心斎橋CLUB QUATTRO 06-6281-8181

    http://www.club-quattro.com/

    ○2月10日(火)広島 CLUB QUATTRO

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 500)

    info: 広島CLUB QUATTRO 082-542-2280

    http://www.club-quattro.com/

    ○2月11日(水・祝)京都 磔磔

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 600)

    info: 磔磔 075-351-1321

    http://www.geisya.or.jp/~takutaku/

    ○2月12日(木)名古屋 Tokuzo

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 500)

    info: Tokuzo 052-733-3709

    http://www.tokuzo.com/

    ○2月13日(金)東京 渋谷CLUB QUATTRO

    open 18:00/start 19:00

    adv. 6,000/door 7,000(+drink 500)

    info: 渋谷CLUB QUATTRO 03-3477-8750

    http://www.club-quattro.com/

    ツアー詳細URL:

    http://www.toms-cabin.com/Clare2009/ 

    | Posted By Reviewed by Kentaro Takahashi 投稿日: 2008年11月20日 12時28分 更新日: 2008年11月20日 12時28分

    トピックへのレス