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Editor's Choice'''This Is Music / 大橋トリオ text by kentaro takahashi'''
「僕はこれから六本木でライヴ」
「え、何見に行くの?」
「大橋トリオ」
「ふーん」
友人との話はそこで終わってしまった。
多分、友人は僕がジャズのピアノ・トリオか何かを観に行くのだと思って、それ以上、興味を惹かれなかったのだろう。
もしも、急いでいなかったならば、「いや、トリオって言っても、一人なんだけれどね」と大橋トリオの説明をしても良かったのだが。
なんか、損なネーミングだなあ。-
大橋トリオというのはシンガー・ソングライターです。
本名は大橋好規という。
もっとも、僕自身、大橋トリオのことを知ったのは比較的、最近のことで、最初はやはり、3人編成のバンドなのだと思っていた。ネットで検索してみて、初めて、大橋トリオがソロ・アーティストだと知った。
シルクハットをかぶった長髪の青年。後ろには足踏みオルガン。古いヤマハの⒋ステップだろうか。そこで何かピンと来た。
ちょうど、そんな時にライヴがあるというので、観に行くことにした。
それが11月21日、六本木SUPER DELUXEでのワンマン・ライヴ。
かなり音楽通の友人でも、大橋トリオのことを知っている人はまだ少ない。
会場でもほとんど音楽関係の知人には会わなかった。そのかわり、思わぬ友人には会った。会場を満員にした人々(7割は女性)は、どこでどうやって大橋トリオを知り、ファンになったのだろう?
「PRETAPOTER」、「THIS IS MUSIC」の2枚のアルバムに聞ける大橋トリオの音楽は、60〜70年代のアメリカン・ミュージックを下敷きにしたオーセンティックな歌ものだった。ザ・バンドのような曲がある。といっても、ザ・バンドをめざして作った、ザ・バンドのような曲という感じはしない。一小節だけ7拍子ぽくなるサビが印象的なその曲(「The Ride」は、もっと大きな、音楽の培養土のようなものに抱かれて、曲を育てていったら、ザ・バンドのような曲になった。ザ・バンドの音楽も同じ土に育まれた音楽だったから。そんな感じがする。
ライヴは5人編成。メンバーはみんなサスペンダーつきのズボンを履いている。大橋トリオは前半、後半で違う衣装。前半は眼鏡をしていた。後半はあのシルクハット。が、どちらもオールドタイミーな服装なのは変わらない。不思議な場違い感。映画から抜け出てきたような。
最初の曲はトム・ウェイツの「New Coat Of Paint」のカヴァーだったかもしれない。その後もトム・ウェイツの「Time」がカヴァーされる。
大橋トリオはピアノ、エレクトリック・ピアノ、アコースティック・ギターを持ち替えながら歌う。どの楽器もさりげなく上手い。ギターのフィンガー・ピッキングは時にジェームズ・テイラーのようだったり、ライ・クーダーのようだったり。
しかし、そんなところにばかり目を丸くして、大橋トリオの音楽を聞くのは野暮にも思える。
目の前にいるのはただのバンド。演じているのはただの音楽。
ミュージシャン達に強烈な個性があるかといったら、ないかもしれない。
しかし、会場を満たしているのは紛れもないグッド・ミュージック。誰もが幸せそうに、軽く身体を揺らしている。
大橋トリオのウェブサイトを見ると、アルバム「This Is Music」について、面白いことが書いてある。
「これが音楽だ」という一文に棒線が引かれ、「これは音楽です」と書き直されているのだ。
この控えめさ。気負いのなさ、それが大橋トリオのたたずまいだ。
格好こそ、少し芝居がかっているが、ライヴが進むに連れて、大橋好規のシャイな素顔がじんわりと音楽の中に染み出てきて、観る側もほどよくリラックス。深読みはどんどんほぐれていって、ただ彼は奏でたい音楽を次々に奏でている。ただ、それだけなのだ、と思えてくる。
そして、気づくのだ、ただただ曲が良いことに。
アンコールの最後は「Happy Trail」。バンジョーをつま弾きながら歌われるちょっとノスタルジックで、ちょっとセンチメンタルな曲。とても映像的でもある。結末はもしかしたらハッピーエンドではないかもしれないけれど、そこに向う足どりは軽やか。そんな情景が浮かぶ。
名曲、と書いてみると、なんかちょっと違う気がしてくる。もっとフツーに良い曲だから。そんな風に思わせる曲を大橋トリオは少なくとも、一つは持っている。
あと幾つ、あのシルクハットの中から取り出してくれるのか、それはこれからのお楽しみだ.
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