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蜩音楽帖2009/5 | ||||||
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追悼の意とかそういうのを一切抜きにしても、本当に、いい映画だった。
観てよかった、と思った。
心地良くて、終わってほしくない、と思える映画が好きだ。
いつまでもみていたい、と思える映画が好きだ。
今までにも、そういう「いつまでもみていたい映画」はいくつもみてきた。
そのひとつひとつはみんな作風とかジャンルとか国とかバラバラで統一性は一切無い。
でもとにかく私にとっての「いつまでもみていたい映画」はすべて私の宝物になっている。
そしてまたひとつ、『buy a suit スーツを買う』が宝物に加わった。
市川準監督逝去のニュースを聞いたときは、決して熱心なファンではなかった私でも、かなりのショックを受けた。
あと30年は撮りつづける人だと思ってた。
熱心なファンでなかったと書いたけど、市川準さんと言う人は、「ふと思い出した時はいつでも遊びに来てね、歓迎するよ」的な人だと私は勝手に解釈していて、
「それならお言葉に甘えて、他に遊びに行きたいところがたくさんあって今いっぱいいっぱいなので、少し落ち着いたらまた伺いますね」
と言う感覚でつい、市川準作品を観るのを後回しにしてしまっていた。あまりに苦い言い訳だけど。
そんな私が市川準について語るなど「どの口が言う」ではあるが、ふたつほど、思い出のある作品について書きたいと思う。
ひとつは勿論、「4to3 pictures」。
小川美潮の歴史的超名盤「4to3」の映像化を軽やかに、鮮やかに、してのけた市川準監督。
「4to3 pictures」をビデオクリップ集なんて呼びたくないなぁ。
小川美潮主演、市川準監督の「映画」、だと思う。それは紛れも無い真実。
お下げ髪に浴衣の寝巻き姿の美潮ちゃん。
都電に乗って通勤する美潮ちゃん。
長い髪をたなびかせ自転車で東京の街を疾走する美潮ちゃん。
仕事帰り、浅草花やしきのジェットコースターに神妙な顔つきで乗る美潮ちゃん。
縁側での朝ごはん。おじいさんが七輪で炊いたおかゆと、それぞれ小鉢に入った梅干、塩昆布、お漬物ふたいろ。
ひなびた映画館の、従業員の休憩室みたいなところで、美潮ちゃんが、ぱかっと開けたふたつのアルミのお弁当箱。
小さいほうは、苺、輪切りにして刺身のように並べたバナナ、缶詰のみかんにパセリが彩りよく詰めてあったっけ。
他にも、愛おしいシーンでいっぱい。
1991年11月、於銀座ソニービル「4to3 pictures」試写&演奏会のことも書こうかと思ったのだけど、情けないことに市川準監督がその日いらしていたかどうかが思い出せないため、割愛。
もうひとつは、「東京兄妹」。
1996年5月4日、有楽町朝日ホールで催された「日映協フィルムフェスティバル」に「カナカナ」が観たくて行ったのだけど、その日のプログラムのラストが「東京兄妹」だった。
13年も前に一度観たきりなので記憶は曖昧なのだが、それでも、私は特に栗田麗が演じた妹の序盤のシーンのいくつかが強く印象に残っている。
妹は、金物のボウルを抱えて、スーパーではなくいわゆる"お豆腐屋さん"に豆腐を買いに行く。
学校から帰るとまず緒方直人演じる兄に「帰りました」と挨拶し、「汗をかいたのでちょっと浴びてきます」だったかそんなようなことを言って、シャワーの無い昔ながらの浴室で、湯船の前で両膝を立て桶で水をすくって静かに水浴びする。
妹がごく慣れた手つきでおさんどんした夕餉(晩ご飯でも夕食でもなく、夕餉、と言う言葉が一番しっくりくる)の食卓。
お櫃に入った御飯に、おみおつけ(これまた味噌汁ではなく、おみおつけ、と言いたくなる)、冷奴に瓶ビール。
兄は既に、晩酌を始めている。妹は手を膝に置いたまま、兄を見ている。「おあがんなさい」かなんか兄に言われてやっと、妹は手を合わせて「いただきます」。
箸置きの上の箸をまず右手で上から掴むように取り、左手を添えてくるっと持ち替える。
そんなひとつひとつの妹の所作が、ごく自然ながらもとても清楚で、優雅で、凛としていて、古きよき、なんてありふれた言い回ししかできないのがもどかしいのだけどとにかく、ああ、かつての日本女性はみんな、こんなに美しかったのだなぁ、とため息をついたことを思い出した。
とは言ってもこの話は昭和初期の設定とかでは無くて、公開当時90年代半ばの、リアルタイムな時代設定であったはずだから、尚更のこと、あの優雅さが強く印象に残っているんだろうな。
主演の緒方直人が舞台挨拶をしていたのはよく覚えているのだけど、同じ壇上に市川準監督が居たかどうかが、これまた情けないことに思い出せない。
調べてみたけど日映協のHPはお粗末なもので、あんなに大きな映画祭だったのに当時の記録のようなものは一切無いし、13年前はブログなんてものも当然無いのであるから、その日のことをネット上で書いている人はどうやら居ないようで、さんざんググってみたけれどわからずじまい。
手帳や日記帖に書いてある人はたくさん居るんだろうけれどなぁ。
市川準さんは、紡ぐように撮る人だったんだなぁ、と思う。
丁寧に、丹念に、やさしく、慈しむように、紡いで紡いで、生み出していたんだ。
もう新しい糸(映画)が紡がれることが無いのだと思うと、途方もなく寂しい。
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