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recommuni四方山話

2005年05月15日

四方山話その百【続・楽譜】 

音楽と楽譜についてのエピソード、もうひとつ。と言っても前回と同じ類の話だけれど。

遊佐未森のレコーディングをアイリッシュ系のミュージシャンといっしょにやったときのこと。“Nightnoise”というバンドで、伝手はなかったけど飛び込みでアプローチしたらOKしてくれた。さあ、初めてアイルランドへ行くぞ、と意気込んだら、彼らはそのときアメリカのオレゴンに住んでいた。

場所の話は今回は置いておく。ともかく日本人は遊佐本人だけで、あとは全部彼らと作ろうという企画だったので、曲とだいたいの構成は考えていくが、アレンジと演奏は現地で一からスタート。ということで、まずは入念なリハーサルを行った。

“Nightnoise”はアイリッシュの伝統音楽をベースにしながらも、ポップでコンテンポラリーな要素を取り入れた、インストゥルメンタル中心のバンド。変拍子なども随所に現れるかなり複雑な演奏を、すごいグルーブで聴かせてくれるので、譜面バリバリの人たちだと勝手に思っていた。

だって日本人だと、変拍子に強い人はまず間違いなく譜面にも強いから。だが、やはり、アイリッシュ・ピーポーも譜面はダメだった。コードと進み方だけを書いた簡単な楽譜を用意していったのだが、全然慣れてない様子。ピアノがトゥリーナ、ギターがミホール、フルート&パイプにブライアン、フィドル(バイオリン)はジョン・カニンガムというメンバーだが、ジャズを勉強したというブライアンとプロデューサーでもある(その後すごく活躍したが2003年に惜しくも他界)ジョンが多少解る、という程度。

なので初めのうちは、8ビートのシンプルな曲もなかなかうまくいかない彼らだったが、リハの合間に自分たちの曲をやってもらうと、いきなりノリが豹変する。ほんとすごい。つまり彼らは変拍子やなんかも、特に意識してやっているワケではなく、自然に、そして必要だからそうしているだけなのだ。それが変拍子だということには無関心というか、拍子なんか関係ないのだ。

そもそも「変拍子」という言葉が楽譜発想だね。4拍子や3拍子が普通だという考え方があるからそれ以外の拍子が「変」ということになる。でも感覚でやっている人たちには、それが感覚的に正しければ、全然「変」じゃない。

後にアイルランドのダブリンにも行ったが、かの地ではほんと、音楽が空気のように街にあふれている。パブに入ると必ずアイリッシュ(ケルト)・ミュージックを演奏している人たちがいる。老人もいれば若者もいる。日本ならそのへんの赤ちょうちんで、客が三味線や笛で民謡を演奏しているようなもんだが、そんな場面はまずありえないよね。

彼らにとって楽器演奏は、だから、親や兄弟などとの生活の中で、自然に覚えていくものなのではないだろうか。理屈ではなく、料理や手仕事のように見よう見まねで。

昨今の(日本の)アマチュア・バンド諸君は、曲をコピーするのに、楽譜を買ってきてそれを見ながらやるそうだ。だから楽譜が出版されていない曲はできない、とか言ってる。ボクも学生時代にバンドをやっていたけど、ひたすら耳コピーだった(楽譜がそんなに売られてなかったからだけかもしれないが)。何度も何度も聴いて、どうやって演奏しているのかを自分で発見していくところに、喜びと上達が生まれると思うんだけどな。

譜面じゃなく感覚で生み出された音楽を、譜面を見ながら練習する日本人、というこの図式はいったいどうなんだろう?

2005.05.15

福岡智彦

| Posted By 福 投稿日: 2005年5月15日 23時46分 更新日: 2005年5月15日 23時46分

コメント

譜面を見ながら練習している1人です。(^^;)
毎週通っているドラムスクールでは、やはり楽譜を見ながら練習します。楽譜がないとなるとちょっと困ってしまいますが、楽譜に頼り切るとうまくたたけなかったりしますね。パターンをたたくときにいくら楽譜どおりにやってもどうも何かがずれている感がでてしまうのですが、先生がその部分をたたいたのを聞くと一発でリズムがつかめることは多いです。また、特にフィルインに入るタイミングは楽譜を見ながらやるとほとんどはずれてしまいます(^^)。そんなときは楽譜から目を外して伴奏に集中すると簡単に合いますね。

そういえば、映画「ドラムライン」の主人公も楽譜を読めなかったですね。耳を頼りに人の演奏をどんな複雑なものでも一瞬でコピーしてました。(でも、主人公が入学した大学のブラスバンド部のルールに「楽譜が読めること」というのがあって、結局覚えてましたが。。。)

逆の話かもしれませんが、映画「アマデウス」でサリエリがモーツァルトの書いた楽譜をこっそり見るシーンがあるのですが、サリエリはその楽譜を見るだけで感動と嫉妬(モーツァルトの才能への)に我を忘れてしまうのです。映画のひとコマなので作られたものかもしれませんが、僕はこの映画でなぜかこのシーンが一番印象に残っています。音楽家ってスゴイと妙に感心しました。(そういう僕も人のプログラムソースを見て感動したことが何度かありますが。。)

音楽と楽譜、う〜ん深い。
by かたおかいくお - 2005年5月18日 10時47分
思い出しますねー。サリエリのそのシーン。
モーツァルトが間違えもせずにものすごいスピードで譜面を書いたという伝説もありますね。

ドラムと楽譜はいちばん似合わないような気もするのですが…。基本的な8ビートなんて譜面にすりゃめちゃ簡単だから、譜面通りに叩くのはすぐできるけど、グルーブというドラムのいちばんの重要点からすると、それだけではほぼ0点だからね。
by 福 - 2005年5月18日 19時15分
最近、初の試みで自曲の採譜というのを芸大で学ぶ方に
お願いしてみました。その際の何度かの打ち合わせで、
お互いそれぞれ確認できたことがあって非常に勉強に
なったのですが、譜面化する際はほとんど演奏者やらの
独特なクセ、匂い、やらを削って平均値を記していく
ことから始めねばならない、というよくよく考えれば
しごくあたりまえの(そもそもその為に頼んだ)事に
はじまり、カーナビ搭載が当たり前の現代とは全然
違う環境の中で工夫されてきた『音の固定』方法の
素晴らしさと弱点にあらためて触れる事ができて
ちょいと得したような..。

作曲者本人の
手書き譜を清書するときなども、独語、伊語、英語、
最近では日本語、果ては絵!などでいっぱい書き込まれた
注釈をまず無視してかからないと大変なことになるとか。

サティの譜面には仏語で『ここガンバレ!』という
注釈があったという話しをきかされたときに、
本来の譜面の役割のひとつを教えてもらった気分に。

『譜面を読まない』と『譜面を読めない』の開きは
88鍵あってもたりないくらいワイドレンジ..。

自分は読めない譜面を書く困った性格でした。
生筆跡が粗いせいか、五線が狭くて狭くて(笑)
by いまみち - 2005年5月21日 2時32分
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